夢を100%叶えたジイジの日記

素直に見てくれる人の人生がよくなればいいなぁ~という真摯な思いでの発言です。

成長を求めるなら変化が必須

今の生活をより良くしようとか、仕事での成功を目指す人は多いです。

しかし、現状を打破する気持が本当にあるのかと、疑いたくなる場面によく出くわします。

 

そのような、言わば成長を求めるならば、変化が当然なのですが、それを恐れる例がとても多いのです。

言い換えれば、新しいことを実践して成功し、豊かな人生を築きたいと言ってるのに、今を捨てることを恐れて、求めるものの成功が保証されるなら動こうという意識の人が多いということです。

 

その昔、フランチャイズ事業を展開する弊社に加盟応募者からこんな問いかけがありました。

「加盟したら私の生涯を保証してくれますか?」

あなたはこの感覚をどうお思いでしょう?

 

私は、神様にもできない、人の生涯を保証するなどということを、出来るなどと断言できませんので、誠に申し訳なくも加盟をお断り申し上げます。
とご返事させていただきました。

 

いくら実績幾多の事業といえども、人の能力を超えてその人の人生を100%保証するなどと求める方の感覚を疑います。

 

たとえば、ある会社の営業マン教育は、皆平等の教育を受けました。
販売する商品も同じです。
それなのに、月に100本売る者もいれば、0本も者も存在するというのは、どこの社会にもある現象、つまり能力差です。

 

これを超えて、個人の人生を100%保証するなどということは、求める者の良識を疑います。
ですから、加盟店としての経営能力欠如と判断せざるを得ない訳です。
常識がないにも程があるという出来事ですが、私が現在展開するバイナリーオプションという投資のノウハウでもそうです。

 

いくら自らの実績が豊かで、私のノウハウによって学んだ結果、成功者が多いといっても、そこには必ず能力差があります。

投資においてチャート判断にメンタルが最重要と言っても、それを実践出来ない人もいます。

スポーツにおいて、技量は同等でもメンタルの差によって勝敗が決るというのは常識ですが、通常社会の仕事も、この投資ノウハウも同じことです。

 

如何に優れたノウハウであっても、その実践によって全ての人が成功するという保証を謳ったとしたら、それは詐欺的表現と言わざるを得ません。

 

この権威と実績幾多の名医なら、どんな病気も100%治ります。
と言ったとしたら、それは誇大表現も甚だしいです。

 

東大を卒業したからといって、全ての卒業生が豊かで幸福に満ちた人生をおくれるという保証も現実も無いのです。

 

成すには、自らの意識のもと研鑽こそが重要であることを理解できないならば、何をやっても成さずに、人や社会を誹謗して自己弁護を繰り返すという虚しい結果となります。

 

新しいことを成すとは、現状を捨てることですが、サラリーマンに根ざした変化を恐れる思考は、加盟店を展開するという仕事柄、現状を捨てきれない人を、いやというほど見てきました。

それを、私が今年始めたスノーボード挑戦に言い換えるなら「そんなことしたら怪我をするかもしれないからやめておこう」「自分は歳だからそんなことできない」などと一度も実践していないのに、恐れをイメージして行動しないことと同様です。

 

多少ケガをしたところで、そんなものどうってこと無い。

という意識がなければ挑戦できないし、私の例で言えばケガのイメージなど一切していません。

つまりは、自由にスノボを楽しんでいる自分の姿だけしか脳裏にない訳です。
言い換えれば、一切の疑念無く、成した自らの近未来の姿だけしか脳裏に置きません。

 

歳だからというのも単なる行動しない人の言い訳です。
私の場合は、思いついたら吉日ということで、いつ何事をはじめても歳などという言い訳は思いもつきません。

 

何事も始めるに適切な年齢など無いのです。
どんなことも未来を保証してはくれません。
成功を保証されなければ新たな行動をしないというのなら、その人には輝かしい未来が訪れません。

 

現状に文句を言いながら生涯を終えるタイプがそれです。

 

私は常に好奇心を忘れません。

常に今の自分にない物を成そうと求めていますから、これだ!と思ったら即座に行動します。

 

そしてそれらが叶った姿だけしか脳裏に置きませんので、失敗という現象は私の意識に皆無です。

というよりも、そんな現象の存在は、私にはありません。

ナポレオンのごとく表現するなら「失敗という文字は私の辞書には無い」ということです。

 

では、また